松丸亮吾とDaigo兄弟の母親の病気や死因とは?


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メンタリストとしてブレイクし、現在動画配信なども行っているメンタリストのDaigoと、実の兄弟でもある現役東大生で、ナゾトレブームの火付け役とも言われている松丸亮吾は四人兄弟の長男と末っ子という間柄です。

そしてDaigoと松丸亮吾が兄弟で揃って後悔している過去があるのですが、それが病気の母親との別れです。

今回は、松丸亮吾Daigo兄弟の母親の病気や死因、悲しい別れについてご紹介します。

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松丸亮吾の母親の死因はがんの再発

2019年8月24日・25日に放送された24時間テレビに、メンタリストDaigoと松丸亮吾(まつまる りょうご)が四人兄弟全員で出演し、母親の病気について語りました。

松丸亮吾の母親である松丸順子さんは、2012年4月9日に58歳という若さで亡くなりました。
死因はがんでした。

松丸亮吾が高校生になった頃に病気を疑った母親は、病院で検査を受け乳がんが発覚します。

無事摘出はできたものの、がんはリンパ節や肺にも転移しており、回復の見込みがなく、医師は余命6カ月と判断し、母親の順子さんに自宅療養をすすめました。

子どもたちに心配をかけてはいけないと母親の順子さんは夫妻で相談し、4人の息子たちには乳がんや転移など病気のことは伏せて二人の秘密にしていました。

しかし、この病気のことを秘密にしたことが、松丸亮吾Daigo兄弟と母親の悲しい別れを生むこととなります。

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松丸亮吾と病気の母親との悲しい別れ

母親の病気が発覚し、具合が悪くなった時期は、松丸亮吾が高校生になった頃で、ちょうど反抗期だったため、母親を無視し続けたりと、あまり母親とは良好な関係とは言えない状態でした。

学校を抜けてはしばしばゲームセンターに入り浸り、母親に対して、望んでこの家に生まれてきたわけではなく他の家に生まれればよかったと暴言を吐いてしまったこともあり、それを今でも後悔していると松丸亮吾は番組内で語っていました。

苦しい闘病生活で、母親の順子さんは、食べ物を呑み込めないほどの状態になっていました。

父親の松丸悟さんは松丸亮吾に母親と会って話をするように促しました。

しかし、松丸亮吾は調子が良いから自宅療養に治療方法がかわったのだろうと思い込み、母親の病状に全く気づきませんでした。

息子達に心配をかけまいと、気丈に振舞っていたのでしょう。

しかし、父親から今日が最後の日になるかもしれないと言われたときに、病気の深刻さを初めて知り、母親に会ったところ、松丸亮吾は変わり果てた母親の姿を目にして、涙が止まらず謝り続けたそうです。

そして、その1週間後に母親は亡くなります。

母親の死後、松丸亮吾が兄弟たちと共に遺品を整理していると、松丸順子さんが使っていた手帳や4人の息子たちのためにつづられた料理のレシピも見つかりました。

手帳には、闘病の大変さや息子たちに対する思いが書かれていました。

松丸亮吾は、そのときに母親が自分が大学に合格して入学するまで生きていることを目標にしていたことを知ったのです。

その後、母親の夢を実現しようとDaigo等兄弟全員に協力をしてもらい、本気で大学受験を目指します。

松丸亮吾がストレートで東京大学工学部に合格を果たしたことは、皆さんご存知の通りです。

これらの話は、松丸亮吾やDaigoたちの4人兄弟と父親の松丸悟さんが全員で参加した『24時間テレビ』で語られたのですが、その後に父親から更にサプライズがありました。

母親は、生前、夫である松丸悟さんに末っ子である松丸亮吾が結婚した際に、松丸亮吾の結婚相手に自身と松丸悟さんが婚約した際のエンゲージリングをあげたいという遺言を遺しており、番組内で松丸亮吾にその時の指輪が贈られたのです。

松丸亮吾がクイズ作りが得意になったきっかけは、幼いころから、母親とクイズをして遊んだのがきっかけであり、勉強のしかたを教えてくれたのも母親でした。

母親の順子さんは松丸亮吾が間違えた問題だけを寄せ集めて、松丸亮吾専用の参考書を作ってくれたこともあったそうです。

そんな母親のことを松丸亮吾は、いつも、子どもと一緒にいてくれる母親だったとも語っています。

また、松丸亮吾の読書好きも、母親の影響だと言われています。

母親は、生前に薬剤師をされており、家の中には物理や科学の本がたくさんあったそうです。

松丸亮吾はたくさんの本に囲まれて、読書をしている母親の姿を見ながら育ったわけで、読書好きになる環境が整っていたのですね。

松丸亮吾や兄弟たちは、早くに母親を失いましたが、母親から受け継いだもの、母親に残してもらったものは、本人たちが思う以上に大きなものだったのかもしれません。
                                                       

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メンタリストDaigoの母親への後悔

末っ子の松丸亮吾が1995年生まれで母親が亡くなったときに高校生だったのに対して、長男であるDaigoは、1986年生まれで、慶応大学の理工学部を卒業して大学院で人工知能を専攻しながらテレビでメンタリストとして活躍し始めたころでした。

母親の松丸順子さんや父親の悟さんが、息子たちに母親の病気のことを秘密にしていた中、Daigoは母親が隠していた抗がん剤を見つけて、母親ががんの治療をしていることに気づき動揺したようです。

芸能活動の忙しさで、学校の授業にもなかなか出席できないDaigoを心配している母親を安心させようと、Daigoは母親に医学部へ編入して医者を目指したいと語ったことがあるそうです。

Daigが母親のことを振り返るとき、後悔がひとつあると語っています。

それは、乳がんであることがわかり、入院しているときで自宅で療養する前の時期でした。

母親は、一回でいいから家族で六本木のおいしいレストランへ行って、みんなで食事をしたいと言ったことがありました。

もちろん、その時はDaigoは病気の深刻さは知りません。

お金を稼げるようになったら、母親を連れていこうと強く思ったそうですが、そのころ、どうしてもパソコンを購入する必要があり、手元にあった10万円をパソコンにあてたのでした。

結局、一緒に六本木のレストランへ連れて行く前に母親は亡くなってしまいました。

お金があれば家族と一緒に食事に行けて、母親に喜んでもらえたかもしれないため、お金に対する価値観が変わった瞬間だったと語っています。

肉親の死に際して、誰でもがいくつかの後悔の念を抱くものなのかもしれませんが、心優しいDaigoにとって心残りも大きかったのかもしれません。

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まとめ

  • 松丸亮吾は母親に冷たい言葉をかけたことを後悔
  • Daigoは食事へ連れて行かなかったことを後悔
  • 母親が無くなる直前で末期がんであることに気付いた悲しい別れ

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