霜降り明星粗品の同志社時代の『スペード』はカリスマ的存在


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大活躍中のお笑い芸人、霜降り明星の粗品は、同志社国際高校時代から『スペード』というコンビを組み大会で結果を残し、学生時代から才能のかたまりでした。

同志社大学時代にもピン芸人で活躍するなど、若くして同期からカリスマと称えられた霜降り明星粗品の、同志社高校・大学時代に迫ります。

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霜降り明星粗品の小学校~同志社国際高校時代

霜降り明星粗品の出身は大阪府中央区で、一人息子として育ちます。

両親が焼肉店『味希』を経営していることは有名ですが、実はその目の前に大阪市立南小学校があります。

霜降り明星粗品の小学校は公表されていないのですが、小学校は地元の公立小学校であると発言していることから、目の前の大阪市立南小学校を卒業したと言われています。

様々な番組で粗品の楽器を弾く姿が特集され、才能が豊かな姿が放送されていますが、2歳からピアノを習い、その頃に絶対音感を身に付けましたことから始まりました。

とても教育熱心な両親だったため小学生の頃には塾に通い、家族で一丸となって中学受験に挑戦し、見事第一希望の同志社国際中学校に進学します。

後に、中学受験の過酷さについてラジオでも語っています。

粗品が語る学生時代の思い出が凄い「私立中学受験」「大学中退」

中学時代にはギターを始めたり、パソコンにハマるなど非常に多趣味で、2019年5月3日放送の『霜降りバラエティ』ではキーボードの早打ちタイピングを披露するなどしました。

【以下引用】
早打ちタイピングでは「夏色」の歌詞を曲の早さで打つに挑戦。歌詞をチェックすると誤字脱字が多いため失敗。泣きの2回目で、せいやが歌う曲をタイピングするが失敗。
【引用元:gooテレビ番組(関東版)

お笑いも好きで、小学生の頃から「爆笑オンエアバトル」や「笑いの金メダル」など当時人気だったネタ番組を毎週見ていたそうです。

その後、エスカレーターで同志社国際高校に進学すると、同級生と「スペード」という漫才コンビを結成し、2009年の高校2年生の時に高校生全国漫才大会「ハイスクールマンザイ」の第1回大会にエントリーします。

競争率の高い近畿地区の予選を勝ち抜いて、見事決勝進出し、全国放送で漫才を披露し、優勝は逃したものの、高校生ながらワードセンスの光る個性的なツッコミが審査員に評価されます。

この時のキャッチフレーズは「帰国子女コンビ」でした。

当時、粗品が『スペード』として出場していたハイスクールマンザイにはピン芸人のパーマ大佐も出場しており、ブログで当時からR-1で優勝したネタの原型が出来上がっていたと非常に高く評価しています。

【以下引用】


↑懐かしい写真笑笑

その時にはR-1で優勝したネタの原型出来上がってたんですよね・・・ガーン笑
凄いです、本当・・・びっくり
粗品さんは本当に天才で努力家で、
身近な1個上の先輩にこんなかっこいい方がいてくれて、自分は本当に幸せ者だと思いますニコニコ
【引用元:パーマ大佐 オフィシャルブログ

お笑いコンビレインボーの池田も粗品を高校時代から知っていて、ツイッターを連投するような形で粗品が天才であると褒めています。

モーメントを掲載しておきます。(ちょっと長いです。)

このように様々な人たちから高評価を得る中で、翌年の2010年にもハイスクールマンザイにエントリーします。

そして、この年の大会で、他の高校から近畿地区大会に出場していた相方のせいやと知り合います。

せいやのコンビの漫才を面白いと思った粗品が声をかけ、二人は友人になります。

この辺りは、せいやの高校時代の記事で触れています。

霜降り明星のせいやが高校時代に乗り越えた壮絶ないじめとは
霜降り明星のせいやは高校時代の壮絶ないじめを乗り越え、笑いが助けてくれることを実感したせいやはその後本気でお笑い芸人を目指し、結果的現在のブレイクに繋がっていますので、まさに、いじめを乗り越えて手に入れた芸と言えるでしょう。 小学校・中学校と人気者として歩み、高校時代にいじめを経験し、芸人を志した近畿大学時代まで、今回は霜降り明星せいやの学生時代に迫ります。

漫才だけでなく、フリップのピン芸にも目覚め、高校時代にR-1ぐらんぷりに出場し、アマチュアながら準決勝進出する快挙を果たしました。

この年以降、毎年準決勝の常連になります。

さらに高校時代は大喜利のサイトを運営するほどのお笑い好きで、投稿者の回答をランキング付けするのが趣味でした。

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霜降り明星粗品の同志社大学時代

そんなお笑い漬けの高校い時代を過ごし、そのまま同志社大学文学部に内部進学します。

しかし芸人への思いを捨てきれずピン芸人としてアマチュアで活動し、大阪よしもと劇場「5upよしもと」のバトルを勝ち抜いて、セカンドメンバーに昇格したことをきっかけに2011年9月によしもと所属になります。

【以下引用】
5/23(水) 「セカンドバトル」結果
1位 タナからイケダ / 204 / 320 (票)
2位 斉藤紳士 / 178 / 387
3位 粗品 / 151 / 151
4位 コマンダンテ / 130 / 288
5位 中張又張 / 123 / 123
6位 土佐駒 / 88 / 188
7位 和牛 / 87 / 162
8位 見取り図 / 86 / 184
9位 マドンナ / 79 / 79
10位 祇園 / 74 / 192
上位10組がセカンドメンバーに決定!
【引用元:5upよしもと

当時まだ大学1年生ですので、彗星のように現れ驚異の若さで劇場メンバーになった訳です。

当時からフリップに書いた絵に切れ味鋭いツッコミを入れ高速でフリップを回すネタで評価され、ピン芸人として非常に注目されていましたが、近畿大学生だったせいやに惚れ込み、コンビになるよう誘い続け、アマチュアのライブでせいやと漫才をしていました。

そして2012年に、関西の人気番組「オールザッツ漫才」のFoot cutバトルにピン芸人として出場し、当時19歳の若さで最年少優勝します。

全国のお笑いファンから一気に注目を浴び、ピン芸人として将来を羨望された粗品でしたが、しかし、この直後に大学生だったせいやと「霜降り明星」を結成し、周囲を驚かせます。

ピン芸人として順調だったため、周囲からはコンビ結成を反対されましたが、せいやの才能を信じ続けたのです。

そしてお笑いに専念するために、大学3年生で同志社大学を中退しました。

中退したときは、母親をとても悲しませてしまったそうです。

しかし周囲の反対をエネルギーに変え、漫才師として成長し、学生時代から「神童」「天才」といわれ、ピン芸人として活躍しながらも、漫才師の道を選んで大成功したということで、本当に高校時代から輝かしいお笑い街道を歩いてきていると言えます。

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『スペード』の相方とはテレビで共演?

実は同志社国際高校時代にスペードとして一緒に活躍していた相方は、現在関西テレビに勤めており、何度か一緒に仕事もしているのです。

コンビを解散した後も、当時の相方とテレビで一緒に仕事をするという変わった経験をしており、ダウンタウンの松本人志と幼馴染の放送作家、高須光聖の関係にどこか似ていますね。

【以下引用】
粗品「スペードの奴とも今は仕事してるからね。関テレ(関西テレビ放送)に就職して、あいつがフロアで、もう3回ぐらいカンペ出してる」
せいや「こいつ、当時の相方とテレビを一緒にやってるっていう、ちょっとヘンな夢の叶い方してるのよ」
【引用元:RadiChubu-ラジチューブ-

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まとめ

  • 霜降り明星粗品の小学校は大阪市立南小学校と言われている
  • 同志社国際高校時代から『スペード』として大活躍
  • ピン芸人としても早くに開花

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