ぜんじろうと太田光はどっちが先輩なのか?


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お笑い芸人のぜんじろうと爆笑問題の太田光の芸歴問題が徐々に話題を大きくしていき、今では直接対決になりそうな様相となっています。

しかし気になるのは実際にぜんじろうと太田光のどっちが先輩でどっちが後輩なのかという部分かと思います。

今回は、過去の活動履歴を振り返りながら、どっちが先輩なのか検証していきたいと思います。

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ぜんじろうと太田光はどっちが年上?

今回記事を投稿している2019年4月時点での情報になりますが、爆笑問題が54歳で、ぜんじろうが51歳なので年齢的には爆笑問題が2歳年上ということになります。

【以下引用】
両者の年齢は、爆笑問題は2人とも1965年生まれで今年54歳になる。田中裕二は早生まれなので64年の学年である。対してぜんじろうは1968年1月生まれの51歳なので、学年は67年になる。両者の年齢差は2歳である。
【引用元:エキサイトニュース

年齢だけで見ると単純に太田光の方が年齢的には先輩ということになるようです。

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ぜんじろうと太田光の芸歴は?

芸能人の芸歴は自己申告みたいなところがありますが、一般的にフリーなら初舞台・所属芸人なら事務所への所属日・入門芸人なら師匠への弟子入り日あたりが芸歴スタートの起算日になると思います。

爆笑問題は日本大学在学中に出会い、1988年3月に結成します。

その後コント大会で舞台デビューをし、そのまま太田プロにスカウトされました。

【以下引用】
渡辺正行主催のラ・ママ新人コント大会でデビュー。その場で太田プロにスカウトされる。ホンジャマカ、浅草キッドなどと共に「お笑い第三世代と第四世代の狭間の世代の代表」と言われる。1988年7月12日放送のフジテレビの深夜番組『笑いの殿堂』でテレビデビュー。
【引用元:爆笑問題 – Wikipedia

一方ぜんじろうは吉本興業のタレント詳細ページにプロフィールが掲載されているのですが、そこには1987年に上岡龍太郎に弟子入りと記載がされています。

【以下引用】
性別:男性
生年月日:1968年01月30日
身長/体重:170cm /57kg
血液型:B型
出身地:兵庫県 姫路市
趣味:笑い 映画 おしゃべり
特技:スタンダップコメディ
出身/入社/入門:1987年 入門 上岡龍太郎
【引用元:ぜんじろう プロフィール|吉本興業株式会社

お互いがされぞれ公表している情報を集めると若干ぜんじろうが先輩ということになると思います。

ただ、ぜんじろうは『かなめ・ぜんじろう』というコンビを組んで漫才をしていた時期があるのですが、コンビ結成4日後に開催された漫才コンクールで大賞を受賞した過去があります。

【以下引用】
月亭かなめと漫才コンビかなめ・ぜんじろうを結成。コンビ結成から、わずか4日後に開催された1988年、第9回今宮子供えびすマンザイ新人コンクールに出場し、福笑い大賞を受賞した。
【引用元:ぜんじろう – Wikipedia

この時が1988年なので、漫才師というポジションで考えると完全な同期と言えるかと思います。

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ナイナイ岡村がぜんじろうが先輩だと言及

ぜんじろうは、実は吉本興業の若手芸人で結成された吉本印天然素材の初期メンバーだったため、ナイナイの岡村が当時のことに詳しく、2019年4月11日放送の『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』でどちらが先輩なのかということに言及しています。

【以下引用】
岡村は「一日でも早く入ったら先輩であり、年下であっても兄さんと呼ぶ。吉本なんかは特にそうなんですけど」と話し、「僕からしたらぜん兄の方が先輩ちゃうかな。多分、ぜんじろうさんの方が爆笑問題より先輩」と述べた。その理由として、岡村は「上岡(龍太郎)師匠に弟子入りしていますし、漫才コンビを組んで『かなめ・ぜんじろう』を名乗っていた時期もある。それからピン」のため、太田は「大阪で活動している期間が入っておらず、爆笑さんの記憶違いになっているんじゃないんですか」
【引用元:ニフティニュース

やはり単純に芸歴としてみたときには、ぜんじろうの方が先輩なようですね。

ただ、大切なのは当時のぜんじろうと爆笑問題の関係がどうだったかのかが重要で、太田は当時ぜんじろうが爆笑問題を兄さんと呼んでいたと主張しています。

【以下引用】
太田は「爆笑問題カーボーイ」で、「ぜんじろうなんだけどさ、おい、おい、ぜんじろう。お前、なんか俺に文句あんのか。お前よお、この野郎。どういうことだ、ぜんじろう、よう。ネットのニュースどころじゃねえよ、スポーツ紙に載ってるよ。俺がぜんじろうを呼び捨てにしたって、怒ってるらしいじゃねぇか、おい、ぜんじろう」と、ぜんじろうのツイートに言及。「てめぇ、いつから俺の先輩になったんだ、お前、この野郎。はぁ。ふざけんじゃねぇ。何が『太田くん』だよ。お前から『太田くん』なんて呼ばれた記憶なんか1個もねぇわ。お前、俺のことを『兄さん』って呼んでただろ、当時よ。どういうことだ?頭打ったのか?お前」と、自身の転倒・入院ネタをからめて烈火のごとく罵詈雑言を並べた。
【引用元:Sponichi Annex

デビューがほぼ同時期で、しかし爆笑問題の方が一足早く東京で活躍していたため、ぜんじろうが遅れて東京へ出たときに、デビューの時期など分からず年齢的にも上な太田光を兄さんと呼んでいた可能性は大いにあり得ます。

爆笑問題は事務所独立騒動で一時期仕事が無かったですが、1993年に自らの芸能事務所『タイタン』を設立し、1994年には『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』で初代チャンピオンになり再ブレイクを果たしました。

その後はボキャブラ天国に出演し、様々なレギュラー番組を持つようになりました。

ぜんじろうは関西ローカルで大ブレイクし、『平成の明石家さんま』という触れ込みで大々的に売り込まれていました。

その後、1995年から全国ネットのレギュラーを持つようになり、所属事務所も大阪吉本から東京吉本へ移籍をしています。

【以下引用】
1995年から、関西ローカルの仕事を少し減らし、『超天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『ぜぜぜのぜんじろう』など全国ネットの仕事を何本かレギュラーで持つようになった。 その為に、大阪吉本から東京吉本へと移籍し、主に東京での仕事をメインに考え、関西ローカルの仕事がある時だけ、大阪へ戻るというスタイルを取るようになった。
【引用元:ぜんじろう – Wikipedia

本当の芸歴は確かにぜんじろうの方が先輩のようですが、お互いが売れた時期や東京で活動し始めた時期を考えると、当時の関係性は爆笑問題の太田光が言っているように、ぜんじろうが2人に兄さんと言っていた可能性は大いにありそうです。

太田光が今度ラジオにぜんじろうを呼ぶと言っていたので、もしそれが実現すれば、この真相もはっきりしますね。

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まとめ

  • 年齢は太田光が年上
  • 公表されている活動歴だとぜんじろうが先輩
  • 東京進出は爆笑問題が先の為、当時の関係性は不明

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