INI許豊凡(シュウフェンファン)は慶應大学卒業!スタバ店員や中国で炎上の過去も

日プと呼ばれる「PRODUCE 101 JAPAN」のシーズン2から、グローバルボーイズグループINI(アイエヌアイ)が誕生しました。

デビューする11人のメンバーのうち、唯一の外国人メンバーということで注目を集めているのは許豊凡(シュウフェンファン)です。

今回の記事では、シュウフェンファンの慶應大学卒と言われている学歴のことや、スタバ店員をしていたり、中国で炎上した過去のことなどについて、調査したいと思います。

INI許豊凡(シュウフェンファン)は慶應義塾大学経済学部ですでに卒業してる?

許豊凡(シュウフェンファン)は、慶応義塾大学経済学部を卒業されています。

それではどのようにして慶応大学に進学していったのか見ていきましょう。

INI許豊凡(シュウフェンファン)は予備校から慶応大学に進学

フェンファンは、高校までは中国の学校に通っており、高校卒業と同時期に来日し、東京の新大久保にある行知学園日本語学校という中国人留学生向けの予備校に1年間通った後、慶応大学に合格したようです。

フェンファンは、慶応大学公認K-POP完コピカバーダンスサークル「NAVI」に所属していたそうで、ダンスを始めたのは、大学に入ってからとのことです。

フェンファンは、2017年4月に慶應大学に入学されていますので、留年などをしていないのだとすれば、2021年3月に、同大学を卒業したという計算になります。

INI許豊凡(シュウフェンファン)は高校時代から秀才だった

外国人でありながら、慶應大学の学生だったというフェンファンの秀才ぶりにびっくりですね。

そんな許豊凡(シュウフェンファン)の卒業した中学と高校などこなのか気になります。

しかし、フェンファンの中学と高校については調べてみたのですが、確実な情報はなかったため、わかりませんでした。

ただ、フェンファンは中国浙江省衢州市(せっこうしょうくしゅうし)の出身であるということから、浙江省内の学校を卒業されている可能性は高いと思われます。

またフェンファンは、中国語、日本語に加え、英語と韓国語も少ししゃべれるマルチリンガルであることから、名門学校出身である可能性も高いです。

そんなフェンファンは、2016年4月より、行知学園に通っていたという計算になりますので、2016年3月に高校は卒業されているということになります。

フェンファンは1998年6月12日生まれですので、2016年3月時点ではまだ17歳であり、17歳で高校を卒業しているということは、中学または高校生時代に飛び級をしているということになります。

大学が慶應大学と高学歴のフェンファン。

やはり、フェンファンの頭の良さは、中高時代から群を抜いていたようですね。

INI許豊凡(シュウフェンファン)が中国で炎上しビザ取得の危機?

許豊凡(シュウフェンファン)は中国浙江省衢州市(せっこうしょうくしゅうし)の出身なのですが、ビザ取得が危なくて、ファンをやきもきさせた時期がありました。

INI許豊凡(シュウフェンファン)が学生ビザで活動にストップ

フェンファンは、日本には学生として来ていたために、ビザは学生ビザでした。

日プ2のオーディションを受けていた頃は大学生であったため、それで問題なかったのですが、大学を卒業しINIとしてアイドル活動をすることになった現在は、就労ビザが必要になります。

ですから、当初は、フェンファンはINIの活動に参加できない状態で、プロモーションは他の10人で進められていく形になっていました。

しかし、そんなフェンファンも、8月にビザ取得は完了したとのことですので、現在はINIとして活動できるようになったようです。

INI許豊凡(シュウフェンファン)の中国での炎上発言とは?

なぜビザ取得が危ないと思われていたのかというと、実はフェンファンが中国で炎上してしまったことがあるからです。

炎上のきっかけは、フェンファンのWeibo(中国版Twitter)での発言でした。

フェンファンがつぶやいた内容は、「香港にて2か月滞在する。デモの様子を見てしばらくインボンサラム(日本人)のふりしようかな。中国大陸公民として(香港)を心から支えてあげたい」という内容でした。

現在、中国と香港は「一国二制度」の問題が原因で、国と国との間の関係がこじれています。

上記のフェンファンの発言は、香港で起こった大規模デモを受けてのものだったので、中国人から見ると、中国人なのに香港を擁護しているというように解釈され、炎上してしまったようです。

また、現在は削除されてしまっていますが、フェンファンと友人の会話が中国で流出しているという情報もあり、そこには中国のファンを侮辱するような言葉が書かれていたのだとか。

実は、フェンファンは中国でも事務所に所属していました。

しかし、日プ2に参加するために中国の事務所を辞めたという経緯があります。

日プ2の参加資格が『他のプロダクションに所属・契約していない人』であったためです。

フェンファンは「初めてステージに立ったのが日本だったので、日本で活動したいと思った」と語っています。

大学時代を日本で過ごしたフェンファンにとっては、ごく普通の流れであるように思えますが、中国から見るとおもしろくないのかもしれません。

INI許豊凡(シュウフェンファン)がスタバ店員をしていた店舗はどこ?

許豊凡(シュウフェンファン)が、一般人だったときアルバイトしていたのは、なんとスターバックスコーヒーでした。

フェンファンのようなイケメンから、コーヒーを受け取るところを想像するとドキドキしちゃいますよね。

そうとわかれば、フェンファンがいたスタバの店舗がどこなのか気になります。

しかし、実際にはどこの店舗だったのか特定することはできませんでした。

ただ「フェンファン、やっぱり三軒茶屋のスタバっぽい。」というつぶやきがあったので、三軒茶屋のスタバで働いていた可能性は高いのかもしれませんち。

なんとなく、通っていた慶応大学の近くのスタバなんじゃないかと予想していたので、三軒茶屋というのが本当ならば、少し学校から距離があるんですけどね。

もしフェンファンが働いていたスタバが、慶應大学の付近のスタバなのだとすれば、新田町ビル店、ムスブ田町4階店、白金高輪店、麻布十番店、芝大門店、浜松町東芝ビル店、高輪ゲートウェイ駅店のいずれかのスタバで働いていた可能性が考えられます。

候補が多すぎて、今となっては、フェンファンが働いていたスタバを特定することは難しそうですね。

まとめ

  • シュウフェンファンは慶應義塾大学経済学部卒業
  • シュウフェンファンは高校時代から秀才だった
  • 中国で炎上しビザ取得の危機があった
  • スタバ店員をしていた店舗は三軒茶屋の可能性が高い

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