結城アンナ(岩城滉一の嫁)の家系図や若い頃の画像が凄い

芸能界でも何人もの「アンナさん」が活躍中ですが今回ご紹介するのは「結城アンナ」です。

若い人の中には「結城アンナって誰?」という人がいるかもしれませんし、岩城滉一の嫁のアンナさんと聞いてピンとくる人もいるかもしれませんね。

今回は家系図にしたらスゴイ、結城アンナの家系とオールドファンなら胸をときめかせた人も多い結城アンナの若い頃の画像を紹介します。

岩城滉一の出会いのキッカケもお伝えします。

結城アンナ(岩城滉一の嫁)の家系図が豪華

結城アンナと言えば、スウェーデン生まれで日本人の父親とスウェーデン人の母親から産まれたハーフであることをご存知な方も多いと思います。

では、なぜ結城アンナはスウェーデン生まれなのかというと、結城アンナの父方の祖父、結城司朗次(ゆうきしろじ)さんの時代に話はさかのぼります。

結城アンナの祖父はエリート官僚の結城司郎次

東京帝国大学(現在の東大)法学部を卒業した結城司郎次さんは外務省に入省し第二次世界大戦前後の日本の外交に深く関わっていきました。

結城司朗次さんは外交官として、外務省アメリカ局第一課長やスウェーデン公使、スリランカ大使やトルコ大使を歴任したのです。

今の表現で言えば高級官僚だったのです。

結城アンナの祖母はお嬢様の結城鶴

結城司朗次さんの妻の結城鶴さん、結城アンナのおばあちゃんも財力のある家庭で育ちました。

東京日本橋文具商の「市川商店」の四女に生まれたのです。

結城司朗次さんと結城鶴さんの間に生まれたのが、結城アンナのお父さんです。

結城アンナの叔母は女優で陶芸家の結城美恵子

結城アンナのお父さんの姉妹が女優で陶芸家の結城美恵子さんで、結城あんなの叔母さんにあたるのです。

下の写真は結城アンナ(左)と叔母の結城美恵子さん(右)が一緒にテレビ(徹子の部屋)に出たときの写真です。

結城アンナの母親はスウェーデン人

結城アンナは、父親がスウェーデンで生活していた際にスウェーデン女性と結婚して生まれた娘で、当初から高級官僚であった結城司朗次さんからは結婚を反対されたこともあったようですが、結城アンナ親子が来日して生活を始めると祖父母たちとの関係も良好になっていったようですね。

結城アンナ家族が来日したのは1965年、結城アンナが10歳のころでした。

来日した当初はスウェーデンと日本を行き来していましたが1970年に入り結城アンナ親子は日本に落ち着き、その後、結城アンナはモデルとして活躍していきました。

【画像】結城アンナ(岩城滉一の嫁)の若い頃がハーフで超美人

結城アンナが芸能界デビューすることになったのはアンナが表参道を歩いていたときにスカウトされたのがきっかけでした。

今ではモデルと言えば長身でハッキリした顔立ちの外国人と、きめ細かく美しい肌を持つ日本人のハーフが主流ですが、ハーフモデルのパイオニアとなったひとりが結城アンナでした。

下の写真は1970年代に撮られた結城アンナの写真です。

今では、読者モデル誌の専属モデルを中心にファッション雑誌が作られるのが当たり前ですが、そんな流れを作ったのが1966年に創刊され1973年から月刊誌となった「MEN’S CLUB」でした。

専属モデルはシスターモデルと言われ注目の的になりましたが、結城アンナもシスモのひとりでした。

下の写真は3人のシスモが表紙を飾った写真ですが、左側が現在もエッセイストしても活躍中の高見恭子さん、真ん中が草刈正雄の奥さんになった大塚悦子さん、 右側が結城アンナです。

テレビCMでも結城アンナは大活躍。

当時、流行語にもなったハウス食品のラーメンのCMコピーに「君作る人、僕食べる人」というのがありましたが、そのコマーシャルに出演していたのも結城アンナでした。

下がCMに出演した際の結城アンナです。

今では、シックで落ち着いた大人の印象の結城アンナですが、当時は可愛く、明るく、愛嬌のあるお茶の間のアイドルでもあったのです。

岩城滉一と嫁の結城アンナの出会いや馴れ初めとは

結城アンナの旦那さんが俳優の岩城滉一であることはよく知られていますよね。

岩城滉一が嫁の結城アンナとどのように結婚に至ったのか、出会いや馴れ初めを見ていきましょう。

岩城滉一と結城アンナの出会いはナンパだった

結城アンナと岩城滉一が夫婦で出演し、自然に二人の仲の良さが伝わってくると話題になったのが1991年の「ハウスジャワカレー」のCMでした。

落ち着いた大人のカップルの雰囲気の伝わるCMですが、ふたりが食べると庶民の味のカレーがどこか高級感のある食事に見えるところもマジックでしたね。

そんな結城アンナと岩城滉一が出会ったのは結城アンナがティーンのころでした。

モデルとしてデビューした結城アンナはしばしば青山にあるカフェに行くのが習慣になっていました。

そこで声をかけてきたのが岩城滉一でした。
今風にいえば、ナンパですね。

結城アンナが16歳のときでした。

当時、岩城滉一は20歳。

矢沢永吉にあこがれ、大学は中退しバイクを乗り回して突っ張っていました。

結城アンナと出会った頃の若い岩城滉一が格好良い

アンナと出会った同じ年に岩城は舘ひろしをリーダー、自分はサブリーダーとなり原宿や表参道を拠点とするバイクチーム、「クールス」を結成したのです。

下の写真が若いころの岩城滉一です。

今でこそ味のある渋い名優となった岩城滉一ですが、俳優になったころは、突っ張りやヤンチャなドラ息子役を演じていました。

そんな当時の岩城滉一の中に「ひたむきさ」や「まっすぐさ」を見出したのが結城アンナでした。

下のふたりの写真も素敵ですね。

結城アンナと岩城滉一は1975年、結城アンナ、20歳のときに結婚したのです。

結城アンナ、可愛らしいさだけでなく、ティーンの頃から人を支える人間力も持ち合わせていたと言ってもいいのかもしれませんね。

まとめ

  • 結城アンナの家系図が豪華
  • 結城アンナの若い頃はハーフモデルのパイオニア
  • 岩城滉一と結城アンナの出会いナンパ

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